東京の2年先を、誰よりも早く姫路に仕込む。朝6時から、毎日。─Free Spirits Brewing 宮崎隼人─
日本のクラフトビール最前線のひとつが、姫路にある。
「海外に行かなくても、姫路で世界基準のトレンドを感じられるビールを味わえるようにしたかった。」
そう語るのは、Free Spirits Brewing(フリースピリッツ・ブリューイング)代表・宮崎隼人。
姫路駅から徒歩圏内にある、3階建ての建物。1階が醸造所、2階がレストラン、そして夏場は3階がビアガーデンになる。
クラフトビール文化の本場・カリフォルニアで醸造を学んだ経験を持つ宮崎。
1階の醸造所で、今日も“日本の2年先のクラフトビール”の仕込み作業が、静かに立ち上がろうとしていた。
この店でよく飲まれているのが「IPA(India Pale Ale)」というスタイル。
19世紀のイギリスが発祥で、当時インドへの長旅にも耐えるよう、防腐効果のあるホップを大量に使ったことがはじまりだ。
だからIPAは苦味と香りが強い。人によっては「クセがある」と感じるかもしれない。
だが、Free Spirits BrewingのIPAは違う。
「ビールってこんなに自由なんだ」と思わせてくれるIPAだ。

ちなみにホップは植物の“花”の部分──正確には、雌株にだけ咲く「毬花(まりばな)」だ。
乾燥させたこの毬花の中には、黄色い粉「ルプリン」が詰まっている。
それがIPAの特徴である強い苦味、そして華やかな香りを生み出す。
ホップの品種によって香りもさまざま。
柑橘系やハーブのようなアロマから、桃やマスカットのような甘さ、草原のような青さまで、まさに“花の個性”がビールの世界を彩っている。
例えば、宮崎が使うホップの中に「サブロ―(Sabro)」という品種がある。これはライチ・オレンジ・ミント・ココナッツなどのトロピカルフルーツの香りをまとったアメリカ産の品種だ。
一口飲めば、まるで南国の風が吹き抜けるような余韻が広がる。
宮崎隼人が目指しているのは、クラフトビールの最前線。
カリフォルニアやオーストラリアを巡り、現地の風とWEBを通じて世界中のトレンドを吸い上げ、まだ東京にも届いていない味の“兆し”を姫路で形にする。
たとえば、地元・安富町の柚子と養父町の山椒を組み合わせたフルーツビール。
たとえば、イチゴやカシスを使ってカクテルのように色づいた赤いビール。
それは「ビールの形をした、ビールじゃないもの」かもしれない。
「嫌いな人にこそ飲んでみてほしいんです」
そう宮崎は笑う。
その一杯は、もはやアルコールではない。
“知らなかった体験”そのものだ。

クラフトビールが、日常の習慣になるまで
今でこそ、屋上のビアガーデンは予約で埋まり、店の外まで賑わいがあふれている。けれど、Free Spirits Brewingのスタートは決して順風満帆ではなかった。
「怒られましたよ、お客さんに。“こんな高いビール”って。」
そう苦笑いで語る宮崎の声には、3年間積み重ねてきた時間がにじむ。
クラフトビールは、そもそも少量生産かつ手間がかかるから、相対的に高くなって当然だ。
大手ビールメーカーと並べて語られるものではない。けれど、当時の姫路には、クラフトビールという“文化”そのものがまだ根付いていなかった。
「クラフトビールって、ビールだけどビールじゃない。
その認知が、まずなかった。」
だからこそ宮崎は、焦らなかった。
フードフェス、地元イベント、地域情報誌での発信──。
あらゆる手段で、地域に「存在」を知らせるところから始めた。
今、彼が目指しているのは“裾野”を広げること。
クラフトビール好きだけが集う空間ではなく、「よくわからないけど、飲んでみたら面白かった」と思ってもらえる瞬間をつくること。
たとえば、姫路の地元農家とつくった“イチゴビール”。
たとえば、「これ本当にビールなん?」と驚くような山椒×柚子の組み合わせ。
「入り口は、ぜんぜん軽くていいと思うんです。気になるから、ちょっと飲んでみる。それだけで十分。」
知らないからこそ、飲めない。
知らないからこそ、伝わらない。
その“伝え方”に、彼は今も試行錯誤している。
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世界最先端のトレンドを、誰よりも早く姫路に
「日本のクラフトビールって、2年ぐらい遅れてくるんです。アメリカやオーストラリアのトレンドが、東京に来て、ようやく関西に届く。それなら、最初から姫路で出したらいいんじゃないかって。」
アメリカのブルワリーが「今、こんな味をつくっている」と投稿すれば、現地の反応を即座に観察する。
世界の傾向が、宮崎の感覚を揺さぶる。──これが、次の“兆し”だ。
「その精度が上がってきたのは、たぶん言葉の壁がないからです。」
英語が話せる。それは、彼の武器だ。
2024年の2月には、オーストラリアを巡って複数のビール醸造所を訪ね歩いた。
流行の味、現地の製法、人気の理由──。
五感で捉えた情報を持ち帰り、それを姫路で再現する。
「現地で肌で感じた温度を、姫路で形にする──そんな気持ちです。」
もちろん、真似るだけでは意味がない。
日本の素材、日本人の舌、姫路という土地。
それらを理解したうえで、“らしさ”を加えて表現する。
山椒の余韻、柚子の爽やかさ、自らも農家の畑へと足を運ぶ──。
すべて、地元で手に入る素材だ。
そして今や、彼のビールは姫路城を訪れる外国人観光客の間でも話題になっている。
「クラフトビールって、飲み物じゃなくて会話なんです。
“こんな味初めて”って言ってもらえたら、それだけでうれしい。」
どこか遠くから来た“世界の味”が、ローカルに溶け込んでいく。
それは、まさに感覚の輸入の風景だ。
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ビールのかたちをした、体験そのもの
「飲みに来る」という言葉が、どこかしっくりこない。
この場所で味わえるのは、アルコールではない。
ビールという形を借りた、未知の体験だ。
「見た目がピンクで、甘い香りがして、飲んだらスッキリしてる。──それ、もうビールじゃないやんって言われるんですけど、“じゃあ何なんやろうな”って考えてもらえたら、それでいいと思ってて。」
宮崎は、飲まない人の気持ちも大切にする。
酒を飲む文化が苦手な人、味が好きじゃなかった人──。
そうした人たちにも「試してみよう」と思ってもらえるような、ひと工夫を加える。
だからビールは、ラベルもポップもカラフルだ。
グラスも小ぶりで、飲みきれるサイズにしてある。
「これ、私でも飲めるかも」
そのひとことを引き出すことが、なによりもうれしい。
そして、Free Spirits Brewingは一人で回っている。
朝5時半に起き、6時から仕込み。
午後は営業準備、夜はレストランのフロアに立つ。
配達も接客も、すべて彼がこなしている。
「大変ですけど、まぁ全部“好き”でやってることなんで。」
気軽に言うけれど、その重みは一杯のビールに宿っている。
それは、ただのクラフトビールじゃない。
「誰かの“初めて”になれる体験をつくる」という、静かで力強い意志だ。
誰かの心に火を灯すために、今日も朝から静かに、この姫路で仕込みが始まっている。

編集後記|Editor’s Note
「東京の2年先を、誰よりも早く姫路に仕込む。」
そんなタイトルをつけた。
でも実際の宮崎さんは、流行を追っているようで、流行に縛られていない。
もっと素朴で、もっと泥くさくて、もっとまっすぐだ。
朝5時半に起きて、昼まで仕込み。
午後はフードの準備をして、夜はレストランで接客して、片付けて、帰るのは23時過ぎ。
毎日がそれの繰り返し。それでも、なぜか話しぶりは明るい。
たまに笑って、たまにちょっと詰まりながら、でも自分の言葉でずっと話してくれる。
姫路という場所に、なぜ最前線があるのか。
それは「たまたま」でもなければ「戦略」だけでもない。
誰よりも早く世界の兆しを感じながら、誰よりも地元と向き合っている人が、ここにいたというだけの話だ。
ビールというかたちを借りて、体験そのものを届けようとする人間がいる。
その静かな熱に、取材チームもすっかりやられてしまった。
#朝6時のビール工場
#姫路で一番早い仕込み
#白壁の奥で泡が生まれる
#苦みよりも記憶に残る
#ホップと温度の静かな会話
#クラフトは体験のかたち
#レストランより、発酵場
#この街で酔えるトレンド
取材・文・構成:Lo-Fi HIMEJI 編集部 写真:Lo-Fi HIMEJI 撮影班
Free Spirits Brewing(フリースピリッツ・ブリューイング)
姫路駅から徒歩5分
1階:醸造所/2階:レストラン/3階:夏限定のビアガーデン
営業時間:平日 17:00〜22:00/土日祝 14:00〜22:00
定休日:月曜
公式サイト:https://freespirits.co.jp/
Instagram:@free_spirits_brewing
